【人生哲学】人は何故生きるのか?を考えてみた

人は何故生きるのか?

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高校生くらいの頃から
「鉄って何なん?」という、幼児のする質問のようなものを考えるようになりました。
それを友達に熱弁するようになり、

宇宙とは何なのか?人とは何なのか?

自分の中で深く潜って考えるようになりました。
また別で経緯は話そうと思いますが、
21歳くらいだったように思いますが、自分の中である程度の答えを出そうと思いました。

「人は、考える力は与えられたけど、答えを出す力は与えられていない」

これが自分の中で一番納得のいく落とし所となりました。

一番のポイントとしては

人間には考える力がある」

ということです。
逆に言うと、考える力があるが故に人間だということなのだと
思っていたのです。

少し、本を読んだりもしました。
検索もしました。
その中で巡り合った著名人がいました。
デカルトという哲学者。
デカルトの言葉で

「我思う、ゆえに我あり」

という言葉があります。

それまで、自分の中で絶対的に出していた答えと同じ考えを
デカルトさんは提唱していました。

そこで、その本を手に取りました。

哲学の本って、本当にわけわからないんですよね。
一行も理解せずまま、10ページもすすまないまま
その本を閉じたように思います。

そして月日は流れます。
絶対的真理として、

「人は、考える力は与えられたけど、答えを出す力は与えられていない」

を掲げていた自分ですが、
それじゃあ、答えになってないじゃないか?

いや、答えはだせないからそれでいいんだ!という考え
に最終的になるかもしれないが、

これからまだまだ続いていく人生。
20歳に出した答えをこれから50年近く語っていくのもいいが、
もう少し、違う切り口も考えて、

目をつぶってもぐるぐる回るあの思考は何なのか?

深く深く潜って結びつく真理は何なのか?

そんな宇宙の謎をもう少し紐といていこうと思い始めたのが
30歳くらいだったように思います。

本を読んで違う切り口を探しました。

宇宙の真理について深く潜っていくと2つの考えに衝突します。

それは

「物理的思考」と「哲学・宗教的思考」

です。

「物理的思考」ではアインシュタインの相対性理論、
「時間」「空間」「引力」など。
特に「時間」に関しては、興味深いところがあります。

「哲学・宗教的思考」では、仏教の世界です。
仏教の世界は、自分と同じ考え方がいくつか展開されています。
「色即是空」とは何か?

そして、自分の考えを表す「まんだら」をいつか描けたらと思っています。

今、熱心に考えているのは「時間」についてですが、
とりあえず、自分の根底にある
「考える」ということから話していきたいと思います。

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