【縁起・空】が示す仏教を通して、生き方を学ぼう

仏教の世界で、根底となる考えがある。

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「縁起」と「空」である。

仏教

「縁があってこの街にきました。」

「あの人とは縁がなかった。」

そんな言い回しで「縁」という言葉を使うかとは思いますが、

仏教の「縁」というのは多少ニュアンスが違うように思います。

世の中の出来事はお互いが支え合って成り立っているという事です。

自分は、彼女からみたら彼氏であり、母親からみたら子供であり、先生からみたら

教え子であります。

また、いろんな先祖の繋がりがあり、それが一つでも欠けると自分は成り立たない。

仏教

自分はいろんなものにささえられて成り立っている。

それを縁が起こる「縁起」という。

そして「空」

般若心経の「色即是空」の「空」。

「空」とは、文字通りカラであることですが、それと同時にカラではないよ、という事です。

仏教

「空」も「縁起」と同じで、物事はいろんなものによって成り立ち、かつそれは現象にすぎないという考えです。

人間という存在も、今はこの形だけど、見方によってはただの分子レベルの集まりです。

また、見方によっては、腕があって、鼻があって、しゃべれて、そんないろんな集合体でしかないが、ざっくりで人間と呼んだりしている。

もっとわかりやすくいうと、電話で話している時、それは「電話」という行為で相手の「声」であるが、でも実際は機械から出ていている音にすぎない。

すべては現象であり、「無」を意味すると同時に、現象の「有」を意味するということである。

仏教

そんな仏教の考え「縁起」「空」を根底にもちながら

現実世界を生き抜いていこう!というのが仏教である。

「縁起」の考えからなるように、すべては絡まりあって起こっている現象であり、

全ては自分が引き起こしていることである。

逆にいうと、嫌な事を引き起こさないように生きればいいのである。

例えば、人の悪口を言ったり、人の事を妬んだりする。

これがいわゆる煩悩であり、そんなものに囚われていたら、自由になれるものも

なれないよ、ということです。

そんなつまらない事に時間を浪費するより、すっとその煩悩から離れるようにする。

そして、いい縁起をひっぱってくる。

優しくする。
笑顔を向ける。

仏教


声をかける。
気持ちいい挨拶をする。

そうすると味方も増えて、楽に生きれると思います。

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