【人生哲学】参拝方法から学んだ、基本の大事さ。【合掌】

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なぜ、食べる時にいただきますといって手をあわせるのか?

何故、墓標の前で手を合わせるのか?

どうして手を合わせてはいけない時があるのか?

そう教えられたから。

ほとんどがそんな感じではないでしょうか。

そういった行動の真意を理解しているのでしょうか?
どこまで理解しているのでしょうか。

どう理解するか、それが大事だと思う。

現代は情報が簡単に手に入ります。

でも、その容易がゆえに、どんどん経緯は圧縮されて、「何故」それをしているか見失うことが多くあります。

現代人が無人島でパソコンの修理をできても、電気を作ることができない、みたいな感じ。

墓参りや、お寺参りなどの参拝はどうされていますか?

その参拝は何故そうしているのですか?

自分は「全ては無心になり、神になる場所からはじまり、全てに繋がり良き事に転じる」と考えます。

何故そうしているかという経緯を理解せずに、ああだこうだと、願い事を一方的に言うのは支離滅裂ではないか?

自分はこうしている。

ただ、手をあわせ、無心になるように深く潜ります。

深く深く。

そして、その奥で何かが聞こえてきたら、それが自分の今やるべきことだと思う。

初詣の参拝で、今年の運気を。

お墓の前で故人の声を。

深く深く潜って、無心になります。

お寺の前でしているその参拝、それは本当の本当に

理解の上でしていますか??

その他のことでもいえるかも。

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