【人生哲学】対人関係に役立てたい、共感する、共感される。

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共感する。共感される。

 きょうかん【共感】
他人の考え・主張に、全くそうだと感ずること。その気持。同感。


共感という言葉は日常的に使う言葉で、

一見安直に捉えてしまいがちの言葉ですが、

案外深い言葉なのではと思ったので文章にしてみます。




最近、SNSの普及により、
「共感」や「繋がり」という言葉がとても溢れています。

そして、そのような風潮に、拒絶反応が自分には起こります。



何故なら、実際にそういった事を口にする人の行動を見ていると
「いや、ほんとにそれが大事だと思ってる?」
「ほんと、うわべだけの言葉やわ」
「キレイ事が大好き、日本人」
としか思えないからです。



でも、「共感」という言葉を少し潜って考えてみると、

これは「自己実現」という事では、結構大事な事ではないかと

引っかかる事があったのです。




そもそも共感とは、何か発信された事に対してに、

「わかる!その気持ち!」と、その事、その考えに

「重要性」「必要性」「おもしろさ」を感じて起こる感情です。


発信する側は「これはこうなんです!」と、全力で球を投げ込んでいますので、

受け手が共感してくれると、発信者は報われることになります。

逆に言うと、発信しても誰からも共感を得られなければ、
それ以上、発信者が報われる事もなく、そこに欲しかった幸せも得る事はできません

でも、だからと言って、別に誰からも共感されなくてもOK!

とかそんな世界はありえないのです。


何故なら、人が山奥で一人で生きていけないように、

この世の中に生きる人々は、誰かがいるから、自分は在るし、という、

人と人との繋がりの中でしか自分の存在を確立できない存在である、

言わば、『空』と同じような考えのことで、

誰かに共感されるから、はじめて発信者が報われる事となるのです。

そして、そこに最大の喜びを感じることができれば、
共感してくれる相手は誰でもよいのです。

何故なら、人間同士の繋がりの中で、共感できる時にしか生まれない感情だから。



考えてみると、好きでもないのに自分のファンに笑顔で手を振れるアイドルも、
学校が嫌いなはずのヤンキーが、何故か、学校にきてちょっかいばかり出すのも同じ事。

人と人の繋がりの中にしか自己の確立ができないからです。



相手は誰でも良いのです。

イケメンでもブサイクでも、喧嘩が弱くても、強くても。



相手の質は関係ない。


ただそこに、「共感を得れた」という事に最大の喜びを見い出すだけです。
そうすれば、自分も相手も幸せになれる。


共感の反対にあるのは、先の暗いイバラの道のみです。

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