【人生哲学】努力をするのが良しとなるなら、努力とはいったい何ですか?

努力という言葉は、人間誰しも知っていると思いますが、

努力とは果たしてどういう事なのでしょうか?

例えば、野球を好きな少年が一日中バットを振り回している、

成功 成し遂げる

ギタリストになりたい青年が、一日中ギターを弾いている、

いかにも成功者の秘話にありあそうな話ですが、

じゃあ、大学生がスロットを1日ぶん回してる。
これは上の二件と何が違うのでしょうか。

その行為が苦痛か、苦痛でないか?

苦行なら「努力」として認められるのか?

いや、それっておかしくない??

結局、好きな事を無限にやり続けるのって、それは努力ではないように思うし、個人差が凄いあると思う。

逆に、野球嫌いな少年が、どうしても試合に勝ちたい為に

30分バットを振って練習してたらそっちの方が努力してるように見えない事もない。

また、より自分のやりたい事に時間を使いたいから

工夫をして時間を作っている・・・うーんそれって「努力」というか「賢い」っていうんじゃないかな。

努力って、量ではないんじゃないかなー。

そこで、みんなにほぼ等しく努力してると言える事が

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睡眠時間を削って自分の時間をつくる

これって平等にみんな基本しんどいと思うし、努力してるんじゃないかと思います。

基本的には、睡眠時間を削る事が努力という線でいきたいが、

ここでまた矛盾を感じます。

じゃあ日中何してたんだ?って話。

努力して中国語を学びたい人がいるとする。

その人は日中、デスクワークで、やってもやらなくてもいいような仕事を17時30分までして、家には18時にはいてるような生活です。

それを普段は24時に寝てるところ、26時までだらだら起きて中国語の本をごろごろしながら、読むのと

朝6時に起きて、18時まで現場で肉体労働をして、満員電車に揺られ、家についたら

20時で、ご飯食べて、風呂に入って少し横になったら瞼が落ちてきそうだけど、

眠い目をこすりながら、テレビを見ている1時間だけ返上して、机に向かって中国語の勉強をしていつもどおりの24時に寝る。

睡眠時間を削ってる方が勝ち理論だと、前者が努力になるけど、やっぱそうは思えないよね。

うーん、努力ってなんでしょうね。

努力はいくらでもしろ。

でも努力をしていると思われるな。

努力を主張せず、努力にすがるな。

自分が、努力をしているなと、人生がんばっているなと思う時、

1日の終わりがビールでは終わらない。

そんな話。

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