【人生哲学】本当の自由への大航海時代は始まっています

自由ではないと思い始めた、不自由な社会。

これはしてはいけないだろう。
これをやっては迷惑だろう。

僕らは海賊王もビックリするくらい自由に生きれるはずなのに、
そんな風にいつの間にか、秩序に、倫理に拘束され、
社会に、教育に僕らは見せかけの自由を与えられ、本来目指すべき自由を奪われている。

そして、人間はそこを目指して産まれたはずなに、見失って見えなくなっている人もたくさんいるはず。

だから、秩序も倫理もとっぱらい自由を取り戻そう!

しかし、その秩序も倫理もない世界で、人類の発展はあるのだろうか?

ミュージシャンになりたいと思った少年が、その自由すぎる世界で電気の必要とするエレキギターを演奏する事はできるのだろうか?
誰がその世界で、発電をしてくれるのだろうか?

いや、でも、夢というのは相対的に見るものであり、今の社会に対して思い描くものだと思う。

タケコプターのある、超未来に生きるなら、その時代にみる夢。

石斧で動物を狩る、石器時代なら、その時に見る夢。

だから、生まれた時に掲げる夢、生きがいというのは、

「僕はロックバンドのボーカルになって日本武道館でライブをするんだ!」

ではなく、

「生きる」とか「息をする」とか、そんな抽象的なものなのではないかと思った。

でも、だとすると、「何かを成し遂げる為に生まれた」という考えはどこに行くのか?

生命の起源がその「起伏」だとするならば、そんな抽象的な事の為にわざわざ神である自分が、人間という毒の体を通して体現し、また神に回帰する必要があるのか?

やはり、その起伏というのは、すごく具体的なもので、その実現性のある時代にその命は誕生したのではないか?
でなければ自分がこの時代に生きる意味が納得できない。

超具体的に使命をもって生まれたから、今ここでこうしている。

だから、今、与えられた自由を手放し、本来見るべき夢を追いかけなければならない。

感のいい人はずっと前から始めている。

自由を取り戻す為の大航海時代はもう始まっています。

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